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VC の課題と批判

Verifiable Credentials は有望な技術ですが、課題や批判も存在します。このドキュメントでは、VC の現状の問題点を整理します。


技術的な課題

1. 鍵管理の難しさ

ユーザーが秘密鍵を管理する必要がある:

┌─────────────────────────────────────────────────────────────┐
│ 従来(パスワード認証) │
│ │
│ パスワードを忘れた → 「パスワードリセット」で復旧 │
│ │
└─────────────────────────────────────────────────────────────┘

┌─────────────────────────────────────────────────────────────┐
│ VC(秘密鍵) │
│ │
│ 秘密鍵を失くした → VC は使えなくなる │
│ 復旧手段がない(または複雑) │
│ │
│ 秘密鍵が漏洩した → なりすましが可能 │
│ 取り消しが必要 │
│ │
└─────────────────────────────────────────────────────────────┘

問題点:

  • 一般ユーザーに「秘密鍵を安全に管理せよ」は現実的か?
  • バックアップ方法が複雑(シードフレーズ等)
  • スマホを失くしたらどうなる?

現状の対策:

  • クラウドバックアップ(Apple/Google)→ でも中央集権的では?
  • ソーシャルリカバリー → 複雑で普及していない
  • 発行者に再発行を依頼 → 発行者への依存が残る

2. 失効確認の問題

失効確認のジレンマ:

オフライン検証を重視すると:
→ 失効情報を事前にダウンロード
→ 最新の失効情報が反映されない
→ 失効した VC が「有効」と判定されるリスク

リアルタイム失効確認を重視すると:
→ 毎回発行者にアクセス
→ オフラインで使えない
→ プライバシー漏洩(誰がいつ検証したか)

Status List の課題:

課題説明
プライバシーStatus List を見れば「失効が増えている」ことがわかる
スケーラビリティ大量の VC を発行すると Status List が巨大に
更新頻度どのくらいの頻度で更新すべきか不明確

3. 相互運用性の問題

現状:

┌─────────────┐ ┌─────────────┐ ┌─────────────┐
│ JWT VC │ │ SD-JWT VC │ │ mdoc │
└─────────────┘ └─────────────┘ └─────────────┘
│ │ │
▼ ▼ ▼
┌─────────────┐ ┌─────────────┐ ┌─────────────┐
│ Wallet A │ │ Wallet B │ │ Wallet C │
│ (JWT のみ) │ │(SD-JWT のみ)│ │ (mdoc のみ) │
└─────────────┘ └─────────────┘ └─────────────┘

→ 異なるフォーマット間で互換性がない
→ Wallet ごとに対応フォーマットが違う
→ 検証者も複数フォーマットに対応が必要

問題点:

  • W3C VC, SD-JWT VC, mdoc が並立
  • どれが「標準」になるか不明
  • 移行コストが高い

4. 選択的開示の限界

SD-JWT の選択的開示:

発行時に決まった単位でしか開示できない

例: 住所の開示

発行者が「住所」を1つの Disclosure として発行
→ 「都道府県だけ開示」はできない

発行者が「都道府県」「市区町村」「番地」を分けて発行
→ 事前に分割されていれば可能
→ でも発行者がどう分割するか次第

問題点:

  • 発行者が適切に分割していないと細かい開示ができない
  • 「21歳以上」のような派生情報は発行時に含める必要がある
  • 柔軟性に限界

5. DID の信頼問題

DID は「誰でも作れる」:

did:key:z6Mk... ← これは本当に○○大学?

DID 自体には信頼がない
→ 結局「信頼できる発行者のリスト」が必要
→ 誰がそのリストを管理する?

結局 PKI に戻る問題:

方式信頼の根拠
従来の PKIルート CA を信頼
did:webDNS + ドメイン所有者を信頼
did:ethr?(誰を信頼する?)

→ 「分散型」と言いつつ、信頼のアンカーは必要


運用上の課題

1. 普及の鶏と卵問題

VC が普及しない理由:

発行者: 「検証者が対応していないから発行しても使えない」
検証者: 「発行者が発行していないから対応しても意味がない」
ユーザー: 「使える場所がないから Wallet を入れない」

→ 誰も先に動かない

現状:

  • 政府主導(mDL, eIDAS)で強制的に普及させようとしている
  • 特定のエコシステム内(大学間、業界内)での限定的な利用

2. ユーザー体験の問題

現状の VC 提示フロー:

1. 検証者が QR コードを表示
2. ユーザーが Wallet アプリを起動
3. QR コードをスキャン
4. 開示する情報を確認
5. 承認ボタンをタップ
6. 検証完了

→ 物理的な免許証を見せるより面倒では?

問題点:

  • ステップが多い
  • アプリの起動が必要
  • オフライン環境での使いにくさ

3. 法的・規制上の課題

課題説明
法的効力デジタル署名の法的効力は国によって異なる
責任の所在発行者・Wallet 提供者・検証者の責任分担が不明確
データ保護GDPR の「削除権」とブロックチェーンの永続性の矛盾
国際的な相互運用国ごとに規制が異なる

4. プライバシーへの懸念

「選択的開示」でも残る問題:

1. 発行者への情報漏洩
- 発行時に全情報を渡す必要がある
- 発行者は誰に何を発行したか知っている

2. 相関分析
- 同じ VC を複数の検証者に提示
- 検証者同士が共謀すると追跡可能

3. メタデータ
- いつ、どこで、誰に提示したかの履歴
- Wallet 提供者が知りうる

Unlinkability の問題:

理想:
検証者 A への提示と検証者 B への提示を紐付けられない

現実(SD-JWT):
同じ JWT 署名を使い回す
→ 発行者と検証者が共謀すると追跡可能

対策:
- Batch Issuance(複数の VC を発行)
- BBS+ 署名(署名派生が可能)
→ でも複雑で普及していない

批判的な視点

1. 「解決策を探している問題」か?

批判:
「現状のシステム(パスポート、免許証、OAuth)で
十分機能しているのに、なぜ置き換える必要がある?」

反論:
- プライバシー保護(選択的開示)
- 発行者への依存を減らす
- デジタルネイティブな証明

再反論:
- プライバシーを気にするユーザーは少数
- 発行者への依存は許容されている
- 既存システムの改善で十分では?

2. 「自己主権」は幻想か?

「自己主権型アイデンティティ」の理想:
ユーザーが自分の ID を完全にコントロール

現実:
- 秘密鍵の管理はクラウド(Apple/Google)に依存
- 発行者がなければ VC は発行されない
- 検証者が受け入れなければ意味がない
- 政府や企業が主導している

批判:
「自己主権」と言いつつ、結局は既存の権力構造が残る

3. 複雑すぎる問題

VC エコシステムの複雑さ:

- W3C VC Data Model 1.1 / 2.0
- JSON-LD, JWT, SD-JWT, mdoc
- DID Core + 数十の DID メソッド
- OID4VCI, OID4VP, SIOP v2
- Status List, Bitstring Status List
- Data Integrity, BBS+, ...

→ 専門家でも全体を把握するのが困難
→ 実装コストが高い
→ 標準化が追いつかない

今後の展望

解決に向けた動き

課題対策
鍵管理Passkey/WebAuthn との統合、クラウドバックアップ
相互運用性OID4VC による統一的なプロトコル
普及政府主導の mDL, eIDAS 2.0
UXNFC, Bluetooth での簡易提示
プライバシーBBS+ 署名、Batch Issuance

現実的な期待値

短期(1-3年):
- mDL が一部の国・地域で実用化
- 特定ユースケース(教育、医療)での限定利用

中期(3-5年):
- eIDAS 2.0 で EU 全体に普及
- Wallet の標準化が進む

長期(5年以上):
- 物理的な証明書の置き換え
- 国際的な相互運用

※ ただし、どこまで普及するかは不透明

まとめ

VC の課題:

技術面:
- 鍵管理の難しさ
- 失効確認とオフラインのトレードオフ
- 相互運用性(フォーマット乱立)
- 選択的開示の限界
- DID の信頼問題

運用面:
- 普及の鶏と卵問題
- UX の複雑さ
- 法的・規制上の課題
- プライバシーへの懸念(Unlinkability)

批判:
- 既存システムで十分では?
- 「自己主権」は幻想では?
- 複雑すぎる

VC は万能ではない:
→ 適切なユースケースを選ぶ必要がある
→ 課題を理解した上で採用を検討する

参考リンク